考え方を変えること、生き方を変えること、そんなに難しいことではない、と思います

○考え方を変えること、生き方を変えること、そんなに難しいことではない、と思います。

考え方を変えるというと、よく僕たちが陥る間違いは、自分が後生大事に抱えてきた考え方に問題が生じたとき、新しいそれに出会って、あたかも清涼飲料水のごとくに感じられ、既成の価値観に溜まった澱のようなものをいっときでも吹き飛ばしてくれる心地よさと同義語だと感じてしまうことです。しかし、これは違う。まったく違うのです。日常語で云うところの、頭では分かる、というものです、これは。当然のことですが、次に出てくる言葉は、頭では分かっているんだけど、行動が伴わないというものです。この種の感情は、啓発本から、あるいは、良い結果を得られた占い本から得られた感覚とよく似ていて、決して長続きなどしないものです。ましてや、考え方が変わったとは到底言えない類のものです。だからこそ、啓発本にハマった人の本棚には、同じような書が何冊も並んでしまうのですし、占いに凝った人は、まるで自分の意思力などないかのように、決定的な決めごとを占いの結果に委ねてしまうというような信じがたいことが起こるわけです。こういう人たちは、考え方を変えることや、それに伴って自分の生き方が変わることに対して、そもそも臆病なだけで、結果的に最初の一歩が踏み出せないわけです。世の中にまん延している保守主義は、このような日常生活者の、慣習と化した、日常生活に踏みとどまろうとする心性とうまく合一しています。世界は、例えば、矛盾が堆積し、暮らしも成り立たなくなった場合に、いっとき、体制が崩れはしますが、新たな体制には、それが出来あがった瞬間から保守主義が内包されているということになってしまいます。もはや夢物語、過去の遺物と化した世界永久革命論などは、もともと人間の保守的な本性を見抜いた上でムリムリに構築された革命理論ですから、これも行き過ぎたものと云う意味では、絵に描いた餅です。また、体制をぶっ壊した革命によって成立したはずの新体制下において、粛清という弾圧による思想統制が起こるのは、当然の成り行きなのでしょう。歴史を俯瞰してみれば、そのことがよくわかります。

話が堅苦しくなりました。日常生活をより快適に、豊かに生きるための生活技術論にもどります。まず、考え方を変える必要があるかどうかの指標は、いま、生きていることに対して耐えられないほどに嫌気がさしていないかどうか、ということ、こういう言い方が厳しいようならば、生きていることが楽しいか、楽しくないかのどちらの側に自分の考え方が傾いているか、ということにあると思えばいいわけです。同じ日常であっても、人は考え方次第で、自分をとりまく環境はまるで違って見えたりします。僕はこういうことを世界が違って見えると称します。考え方次第といいましたが、人は座して人生の難関辛苦を克服することなど出来ません。つまり、考え方を変えると云うことの意味は、考え方を変えることによる、実践が必然なのです。実践というとなんだか小難しいことのように聞こえますが、実はそうではありません。いまのままの生活を続けていくのが苦しくなった、生きていることに価値を見出せなくなった、と思うならば、当然変革する必要があります。つまりは、生き方を変えるための実践です。しかし、自分の生き方をひっくり返すような劇的な変革を、生き方を変えるとは云いません。目の前の壁を一つ一つ乗り越えるための意思力を備える覚悟と云えばいいのでしょうか。これを実践の実体と規定します。頭ではわかるんだけど、実行が伴わないという人たちは、目の前の壁を認識することをそもそも忌避していますから、当然実践力などという発想は出ては来ないのです。あたりまえのことですが、生き方も変わり得ません。まずは生活の基盤を見直すことからはじめましょう。そして、発見した高き壁から目を背けないでしっかりと認識しましょう。実践力が発揮されるのは、まさにここからです。

政治革命理論的視点から云うならば、まさにこのような発想は修正主義と言われ、批判の対象になりますが、僕は生活技術論という観点から物を言わせてもらえば、修正主義、大いに結構だと感じています。フランスの哲学者のアンドレ・モーロワもこの意味では、代表的な修正主義者です。彼は生活技術をいう用語を羞恥心なく使います。

生き方を変えるというと、なんだかいまの生活を台無しにするかのように感じる人たちがいると思いますが、決してそうではありません。既述したことを読んでいただければ、容易に分かってもらえると思います。日常性に倦み疲れたら、その原因から目を逸らさずに向き合うこと。それがあなたにとっての壁ですから、一気に飛び越すのもよし、よじ登るのもよし、です。ともかく、壁の前で立ちつくさないこと。実践力が問われているのです。互いのこととして、大いにこの世界を飽きることなく、生き抜きましょう。覚悟さえあれば、難しいことではありませんから。

文学ノートぼくはかつてここにいた
長野安晃

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント